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ADHDの話(2)できることとできないことの差が激しすぎる

仕事をしている上で、私はできることとできないことの差が激しすぎるのでは…?と思っていたのだけど、できないことの多くはADHDの特性と一致するものだ、とは最近気がついた。

電話がきけない

一番、できなさがはっきりわかるのがこれ。正確には、電話をしている時に、聞こえる距離で声を出されると、一瞬で電話の相手が何を言っているのかわからなくなる。
私が取引先のAさんと電話をしていて、隣の席の人から「次、こっちにも代わって」とか言われるのが苦手。それはもちろんなのだけど、Aさんと電話をしていて、近くでBさんとCさんが全く関係のない話をしていてもパニックになる。BさんとCさんの会話はもちろん、Aさんも何を言っているかわからなくなるし、私もAさんに何を言っているかわからない。
最近は、左の耳で電話をするときは、右の耳をふさいでいる。こうすれば頭には電話の音しか入ってこない(物理!)。
色々な情報が入ってくるなかでも、自分にとって重要な情報を無意識に選択して取り入れられるというのは、カクテルパーティー効果というらしいけど、私にはカクテルパーティー効果というのが皆無であった。

一度に複数のことができない

複数のことができない、というか、覚えておけない。何かやっている最中に、話しかけられたり、電話がかかってきたりすると、頭がパニックになり、前のことはすっかり忘れてしまう。午前中に準備した郵便物も、夕方になると出すのを忘れてしまう。仕事の話をしていても、1つ話をして、2つ目、3つ目の話になると、1つ目の話の内容は頭に残っていない。なので私はすべてメモをとっていて、よくメモをとるね、といわれる。短期記憶とは一体…。
一方で、何かしていると、あれもやっておかなきゃとか、色々なことが頭に浮かんでくる。
こういうときは紙に全部書き出して(誰に電話とか、メールの返信とか、荷物の発送とか)、紙を見ながら順番にやることにしている。

段取りができない

仕事の上でいちばん困るのがこれ、私は段取りができない。各所に依頼し、手配し、まとめて期日までに納品、みたいな仕事をしているので、段取りができないというのは致命的である。
具体的なタスクに落としこんでしまえば、それに集中してやればよいのだけど、タスクに落としこむまで、つまり、最終的な納品のためには最初にこれをやって、次にこれをやって、この発注は先にしておいて…みたいなことが苦手。
段取りができないので、それを他の能力とか、時間でカバーしている。タスクに落としこめたあととか、好きなことに対する集中力ならそこそこあると思っているのだけど、段取りがうまくできればもっと効率よく進むのにな…と思っている。

しっかりしていると思われている

注意欠陥な私だけど、仕事では比較的、しっかりした人のように思われることが多い。
というのも、油断していると忘れ物も多いし、全然しっかりできないので、仕事ではとくにきっちりやらないといけないと思ってるのだ。たとえばはじめてのことで、これくらいかな、と思う力の入れ具合でやっていたことが、全然達していなかった、という経験が何度かある。もとめられるレベルがわかればそれに合わせることはできるのだけど、とにかく人ができることができないので、適正な基準値がわからない、のだと思っている。
そういうわけで、仕事では一見、しっかりした人だと思われるのだけど、本当は忘れ物がないように、時間に遅れないように、ミスをしないように、すごく頑張っている。でも普通の人には、すごく頑張らなくてもできることなのだな…とは思う。(続きます)

ADHDの話(1)

ADHD というのはこの数年でとみに知られてきた感じがあるけれど、私も例に漏れずと言うか、30才を手前にしてADHD を自覚するようになった。

子どもの頃の注意欠陥、多動

いま思えば子どものころから思い当たる症状はあって、私は勉強はできる方だったのだけど、どうしても忘れ物が多かった。教科書とか、洗濯した給食の割烹着とか、持ってきて、といわれたものをよく忘れてしまう。クラスで忘れ物が多いのはやんちゃな男の子タイプが多かったから、先生も、成績がよくて大人しい私に対しては、忘れ物が多いことについてどう叱ったらよいかわからないような感じだった。

ちなみに、これは書きながら思い出したけど、理科の実験で使った水銀の体温計も、顕微鏡のプレパラートも割ったことがある。普通の人はどちらも、一度も割ることもないよな…。これがやんちゃな男の子だったら、あーあやっちゃったよー、で済むのだけど、そういうタイプではないのでいたたまれない。

全校朝会とかで体育座りでじっと話を聴いていることができなくて、体がむずむずしてしまう。むずむずっ、というのが突然来て、動かずにはいられない。それはむしろ頭の中でというより、体の内側から突然発生するので、制御しようもない。みんなはそういうことがないのか、どうしているのかずっと不思議だった。

中学生の時、模試の数学の問題で、最後の方の難しい文章題とかは解けるのに、最初の簡単な計算問題で単純なミスが多く、母にどうしてなのかと言われた覚えがある。

クラスの女の子の輪にうまく入れないのは小学生の頃からだった。

でも、そういう諸々のことは、学校の成績はよく、大人しい子供だったので、特に問題になることもなかった。

片付けられない

片付けられないのも、今思えば昔からあったのだけど、実家にいるときはそこまで深刻な事態にはならなかった。でも大学に入って一人暮らしをすると、私は片付けとか、家事を日々こなすというのが本当にできなかった。洗濯物もたまるし、洗濯をしてもたたむことができない。使った食器もたまっていくし、郵便物もどんどん積み重なっていく。メールの返信もろくにできなかった。たまに思い立って片付けをはじめると、その時は徹夜をしてしまうくらい熱中してきれいになるのだけど(ADHD の過集中が発揮されてたのだなと思う)、しばらくするとまた散らかってしまう。

転職を繰り返してしまった

これもADHDの特性と言えるのかもしれないけれど、私は大学を卒業してから数年で二回、転職を経験してしまった。

大学を卒業して、新卒で大きい会社に就職したのだけど、この会社の事務の仕事というのが、それはもう私には全然できなかった。ざっくり言うと、割り当てられた書類を一件ずつ、社内のシステムに照らし判断して端末に入力、みたいな仕事だったのだけど、(自分にとっては)ブラックボックスな社内ルールは全然覚えられなかったし、一日中端末の前に座っているのも苦痛だったし、つまらないミスもなくならなかった。同じ仕事をしている一般職の方も多い中で、学歴だけは高いのに、総合職なのに、と思われているような気がして、できないことが情けないし、本当にこの仕事は自分には向いてないのだな、と思った。

大学までは、勉強ができることでなんとかやってきて、まあ第一希望の会社でなくたって、どこに就職してもなんとかそれなりにやっていけるのではないかな、と思い上がっていた私だけど、全然そうではなかった、と思い知らされた。22、23歳にしてそこまで自分のことがわかっていなかったなんて、情けないと思うけれど、その時は本当に自分のできること、できないことも全然わかっていなかった。

まあそういうことがあって、次は少しでも自分の興味に近い仕事をしようと思い、条件はだいぶ落ちるけれどとりあえずは興味のある分野の会社に転職した。修行と思いそこで勉強をさせてもらって、しばらく経って同じ分野の会社に2回目の転職をした。

2回の転職はそれぞれの時点では現状よりもベターな選択をしたつもりだし、納得もしているけれど、でも、新卒から何年も同じ会社につとめている人は本当にすごいな、と思うし、たくさん転職をしてしまったな、というのは、忍耐がない、気が変わりやすい人だというのを、自ら証明してしまっている。転職なんて、少ない方がいいに決まっている。そのことを考え出すと、自分はどうしてこうなのか、どうして世間の人がちゃんとやっていることができないのか…と思ってしまう。(続きます)

 

生理痛で救急車を呼びました

タイトルの通りなんですが、生理痛で救急車を呼びました、という話。

もともと生理は重くてPMSもひどく、数年前はピルを飲んでいた時期もあったけれど、ここ最近は落ち着いていて、生理のはじめの1〜2日くらい、市販薬の痛み止めを飲むくらいで済んでいました。
今回も、土曜日の夜にお腹が痛くなって、トイレに行ったら、あ、生理だと思い、支度をして就寝。
日曜日は昼から夫と出かける用事があって、朝起きて朝食を食べ、10時過ぎにバファリン…と同じ成分でバファリンよりも少し安い、バッサニンという薬を飲みました。この時点で結構お腹は痛かったものの、まあいつものことだし、薬を飲んだから大丈夫か、と思い、出かけるまでやはりお腹が痛くて横になっていましたが、予定通り11時過ぎに家を出ました。
電車に乗っているあいだ腹痛はあったものの、やはりいつものことだし、座れるときは座らせてもらいつつ、目的地の上野まで電車を乗り継いでいました。
上野に着く何駅か前から腹痛がひどくなってきて、隣に座っていた夫が、今日は辞めようか?と聞いてくれましたが、上野で待ち合わせている人もいるし、とりあえず上野まで行って休もうかな、と思いました。でも、その間に腹痛はどんどん激しくなって、まともに座っていられず、前かがみになって座席の前の手すりに頭をつけている状態だった。
すでに上野までは一駅ほどだったので、とりあえず駅に着いたら医務室に行くので駅員さんを呼んでください、と夫に言って、着いたところで電車を降り、改札階まで上がりました。インフォメーションがちょうどあったので、夫がそこに声をかけようとしてくれたのですが、そのあたりで吐き気がしてしまい、インフォメーションを通り過ぎて吐き気をおさえつつトイレに行きました。夫はトイレの入り口まで支えて付いてきてくれ、その間に駅の警備の人を呼んでくる、と言ってくれた。
トイレで一番前の人に、気分が悪いので、と伝えて順番をゆずってもらい、個室に入りましたが、結局吐かず、トイレから出ると、夫と警備の人が待っていてくれ、警備の人が医務室へ案内してくれて、夫に支えられつつ、インフォメーションがあった三階からエレベーターで地下一階へ。

上野駅の医務室というのは中央改札の奥にあり、簡易ベッドと毛布があった。そこに横にならせてもらったのですが、腹痛はおさまらず、脂汗も出てくるし、のたうち回る状態で、どうしたらよいのか…という感じでしたが、とりあえず上野で待ち合わせていた相手には夫から電話をしてもらう。しばらくしても腹痛はおさまらないので、あとこのとき改札がすごく混んでいて(医務室に入るのも警備員さんと夫が強めに声をかけてくれた)駅員さんからの声かけとかは何もなく、どうしよう…と思いつつ、しかしこの状態では家にも帰れないと思い、夫に、7119に電話して、と伝えました。夫は7119を知らなかったけれど、電話して話はできているようだった。
7119に夫から生理痛と伝えると、本人と話せますか?と言われたらしく、こんな弱った状態でよければ…と思いつつ電話に出ると、生理何日めとか、妊娠の可能性はあるかとか、自分で歩けるか(歩けない)など聞かれ、その後電話を夫に戻して、どうやら救急車を呼ぶことになったらしかった。それで今いるところの住所を伝える必要があるらしく、駅の人に住所を聞くと、駅の方で呼びます、とのことで、このあたりの経緯はよくわからないのだけど、とにかく救急隊が呼ばれて、たぶん待っている時間は数分ではなかったかな、救急隊の人たちがきました。

救急隊は三人で、そのうち2人は男性、1人は同年代くらいに見える女性で、私には女性の人が色々と聞いてくれた。生理何日めとか、痛みはいつからとか、いつ薬を飲んだとか、今までに同じようなことはあるかとか、そういったことだった。あと血圧も測ってもらいました。その間に夫には男性の隊員から、名前とか生年月日とか、保険証を確認したりとかしてたのだと思う。
一通り質問が終わって、少し移動できますか?と聞かれ、ストレッチャーに乗って改札から外に出て、駅前に止まっていた救急車に向かう。
タイトルで「救急車を呼びました」と書いたけれど、ここで救急車を見るまで、すみません、救急車に乗ることはよくわかっていなかったのです…。救急隊員の方が来て、とりあえず診てもらえるのかな?くらいに思っていたけれど、よく考えたら救急隊は治療ではなく搬送のために来るんだものね…。
夫と救急車に乗り、隊員の方が電話で受け入れ先の病院を探してくれる。おおごとにしてしまって申し訳ないな…と思いながら、男性が電話をしている間、女性の隊員の方がそばに座って、日曜日なので大学病院などになりますが、受け入れ先を探しています、と説明をしてくれ、最初は東大病院に、次に順天堂病院に聞いてくれたそうだった。
搬送先が決まり、救急隊が出発。ここでも私はサイレンをならすとは予想していなかったのだけど(だってただの生理痛…)まあ救急車なので、サイレン、鳴らしますよね…。生理痛なのに、と申し訳なかったな…。
この移動中にも女性の隊員の方が色々聞いてくれ、アレルギーの有無とか、既往症とか、前回の生理の日とか、私の場合はその後に不正出血があったので、そのことも丁寧に聞いてくれた。

すぐに病院に到着し、救急搬送口から入り、診察室へ。ベッドに寝かせてもらい、バイタル、血圧、体温などを測る。そのあと病院の方の指示で採尿。この頃には腹痛も少し落ち着いてきて、歩いて移動できる状態になっていた。
採尿から帰ってくると、救急隊の女性の方が、病院のお医者さんに私から話したことを伝えてくれていた。お医者さんと少し話したあと、私はこれで、と診察室を出て行ったその方、格好よかったな…。ありがとうございました、としか言えなかったけど、本当にすごくありがたかった。
病院では、妊娠判定のための尿検査のほか、内診と超音波検査をしました。諸々の検査の結果は「異常なし」とのことで、私の場合は本当に単なる生理痛であった。

鎮痛剤でロキソニンを出してもらい、朝飲んでから4時間経っているので(この時点で14時くらいだった)と、その場で服用。そのあと、多分ご厚意でだと思うのだけど、その場で横にならせてもらい、少しうとうとしたから20分くらいだったのかな、看護師さんが来て会計の案内などしてもらって、その頃にはすっかり腹痛もおさまっていて、お会計をして病院を出ました。お会計は、休日料金で6500円ちょっとでした。
あー、楽しみにしていた約束もキャンセルしてしまって、相手にも申し訳ないし、ただの生理痛なのに救急車を呼んでしまった、あの上野の医務室で休んでいればしばらくして腹痛も治まって、約束もキャンセルしないですんだかも、夫にも迷惑をかけてしまった、上野まで来てなにもせず、医療費ろくせんごひゃくえん…などと思いましたが、とりあえず、お腹が空いていたので、夫とエチオピアでカレー(辛さ0)を食べて帰りました。カレーおいしかったです。
帰ったのが多分4時か5時ごろでしたが、そのまま布団を敷いて寝てしまい、翌朝6時まで、12時間以上よく寝ました。

駅で倒れたのも、救急車を呼んだのも人生で初めてで、たかが生理痛で救急車を呼ぶなんて…という人もいることは十分わかりますが、生理痛ではない場合もあるし、そんな時のために7119があるのだな、と思いました。
お医者さんいわく、すごーくお腹が痛い場合は子宮外妊娠の可能性もあり、即手術になる場合もある、とのこと(なので可能性の有無に関わらず妊娠の検査をするらしい)。あとからネットで調べると、生理痛がひどいときは子宮内膜症などの可能性もあるそうなので、生理痛が激しい場合、(もちろん、救急車でなくても)病院に行くのがよいと思います。
私の場合は幸い、何事もなかったので、その場で待っていたら痛みはおさまったかもしれないけど、その時点ではいつ痛みがおさまるかはわからないし、そもそもその時は痛すぎてそんな風に考える余裕はなかった、ただこの痛みをなんとかしてくれ、としか思えませんでした。きちんと検査をしてもらって何もないことがわかったので、まあよかったな、と思いました。
生理痛の時に出かけるな、ということもできるかもしれないけれど、でも生理は毎月あるものだし、そのたびに予定をキャンセルはできないし、ある程度は我慢して付き合っていくしかない、そこが辛いところですね。今回も、今までの経験から、薬も飲んだから大丈夫、と判断したし…。
それと、搬送されているときに、本当に隊員の方の冷静な対応が心強く、ありがたくて、尊い仕事だな…と思いました。その場ではきちんとお礼も言えなかったので、この場を借りて、ありがとうございました。そして救急搬送された場合は、搬送に当たった隊員の方には、私のようにゆっくりお礼も言えないことがほとんどではないかと思うのだけど、隊員さんにお礼を言いたい人はたくさんいるのではないかな、と思いました。

東大卒、電通社員の自殺と労使の非対称性

電通の社員自殺の件、ショックが大きくてニュースを追ってしまう。

東大を出て電通というのは、傍目にはすごく成功したコースだし、実際に私が大学生の時にも、電通博報堂すごい!かっこいい!クリエイティブ!みたいな空気はあったように思う。新卒で入社した誰もが知る大企業を、一年もせず辞めてはいけない、みたいなプレッシャーもあっただろう。そして、これだけ非正規雇用だとか貧困とかが問題になっている昨今、もしかしたら周りの人から、「言っても電通でしょ、やりがいある、はなやか大企業でしょ」みたいに思われている、というプレッシャーも感じていたのではないだろうか(実際に周りの人がそう思っていたり、彼女に対してそう表現していたかは別として)。

そしてこれまでに努力して成功体験を重ねてきた経験が多い人ほど、 うまく行っていないのは自分の努力が足りないからだ、努力すればできるはずなのに…と、長時間労働のスパイラルに自分を追い込んでしまうのではないか。

私は新卒で入社した大企業を早々にドロップアウトしたけれど(長時間労働とかではなく、単に自分には適性がなさすぎると思ったからだった)、電通みたいな所謂「きらきら企業」ではないその会社を辞めようとする時ですら、周りの人には本当にいいのかとか、色々言われたな、あまり覚えてないけど…。

鬱と自殺にまで至らしめる長時間労働と、許しがたい(でも驚くほど普通の顔をして存在する)パワハラ、セクハラの問題性はいうまでもないけれど、有形無形のプレッシャーというのもまた、人を追い込む原因になるのだと思う。それをつくりだしているのは、同調圧力の強い日本の社会だと行ったら話が大上段になりすぎるかもしれないけれど…。

そして「残業月100時間で自殺するのは情けない」と書いた大学教授、「起業した人は寝袋を持ち込んで仕事に打ち込んだはず」とも書いていたけれど、それは、自分で起業したならばそうだろう。でも会社員というのは、起業家のように会社の方針を自分で決められるわけではないし、会社との労使契約を結んで働いている。会社の仕事であれば、意に反してもやらなければいけないし、上司の命令に逆らうことができない。そこには明らかな労使の非対称性、つまり、使用者側と労働者側の力の格差(もちろん使用者側が圧倒的に強い)とでも言うべきものがある。だから、使用者側の権力のもと労働に従事せざるを得ない労働者(会社員)と、自分の働き方、内容についてどうとでも自分で決めることのできる「起業した人」とは、決して、同じ地平で論じられないものだと思う。

その前提があり、ともすれば会社側がその権力を使って労働者側に不利益を押し付けようとする事案が多々あったので、日本の法律では労働者側に保護を与えているはずだと思うのだけど、まあ実際に形骸化している法律も多いし、先の大学教授の発言などのようなものを見るにつけても、その前提が浸透していないのだな…と思います。