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「ララランド」の素晴らしさと、カルテットロスの皆様へもおすすめしたい理由

「LA LA LAND」を観てきました。評判に違わず良い映画だった。「カルテット」とも通じるところがあるのでは?と思ったので、感想を書きました。以下、若干の内容への言及があります。

人生はいつもベストな選択ができるわけではないということ

終盤のシーンで一番思ったのは、人生において、いつもベストな選択ができるわけではないよね、ということでした。でも、ベストではなかったかもしれないその選択を、そういうものとして生きていく、というその現実。

運命論のように、あるいは「あなたしかいない」というドラマのように、人はただ一つの「正解」に向かってまっすぐ走れるわけではない。そういう人生のリアル、ある意味では残酷さを克明に描いてくれていて、ああ、これは、それでも生きている大人のための映画だな、と思いました。

お互いに「いつまでも愛してる」と言い合える(しかも別れた後に)関係であっても、そのあと別々の道を歩いて行くこともある、というのもまたリアルでした。

もう一つの人生に思いを馳せるということ

ベストではなかったかもしれない、と書いたけれど、主人公の彼女にとっては、現実の(別の夫と結婚し、女優として成功した)人生が一つの「ベスト」ではあると思う。それでも、何かきっかけがあれば、選ばなかった別の人生に思いを馳せてしまう。それは今の生活が不幸だとか、そういうことではないのだと思う。

だとしても、選ばなかった別の道を想像して、「あの道を選んでいたら今頃は…」的なディティールをシミュレーションしてしまうことはあるよね(私もよくあります)。

今が特別不幸というわけではなく、それなりに幸せにやっていてさえ、そのシミュレーションの中の自分の方が、今現実の自分より幸福に思えることもある。SEB'Sでキスをする空想シーンから、今の夫と並んで座るシーンへの切り替わりはそういうことだと思いました。

だとしてもやっぱり、その空想をロウソクのようにあたためながら、それとは違う現実を生きていく、というのを描いてくれていて素晴らしかった。

人生はグレー、の意味

ラ・ラ・ランド」には、ドラマ「カルテット」とも似ている部分があると思うので、カルテットロスの方にもおすすめしたい。

カルテットの良いところは、それはもう私が書く必要もないくらいたくさんあるけれど、その一つには、人生の「グレー」な部分を見せてくれた、ということではないかな、と思っている。 

別府さんは真紀さんのストーカーをするほど好きなはずなのに、皆からそそのかされると九條さんに「結婚しよう」と言ってしまうし、家森さんは茶馬子とやりなおそうといいつつ、その後すずめちゃんに片思いしていることがわかる。(ちなみにシナリオ本を読んだら、第一話ですでに、家森さんがすずめちゃんの寝顔を見て「おっ」と思う感じのシーンがありました!家森さん!)

物語ではよく、「大好きな人と幸せになれました!」「夢をかなえました!」みたいな、一直線のドラマがえがかれるけれど、実際の人生でそういうケースはむしろ少なく、「この人が良さそうだけど諸々考えたらまあこの人でも…」とか、「一番やりたいこととは違うけど、毎日それなりでまあまあ満足」とか、「こっちとこっち、別にどっちでもいいんだよね」みたいな、グレーな部分が大半を占めているのではないかと思う。

「ララランド」においても、彼女が女優という昔からの夢をかなえた意味では成功したけれど、結婚して家族がいても、「もしも」の幸せを思い描かずにはいられない、そういうグレーなところを描き出してくれている映画でした。素敵な映画でした。

カルテットロスの方、好きだった人との「もしも」を想像したことのある方、久しぶりに会うのを楽しみにしていた恋人となぜかケンカになって悲しい思いをしたことのある方、ぜひおすすめしたいです。